姫路フォーラスについて検索している人の中には、現在も営業している商業施設なのか、どこにあったのか、なぜ閉館したのかを知りたい人が多いでしょう。
かつて利用していた人であれば、買い物や映画、待ち合わせを楽しんだ記憶を振り返りたい一方、閉館後に姫路駅周辺を訪れるようになった人は、現在の建物から当時の姿を想像しにくいかもしれません。
姫路フォーラスは、1971年に開店したジャスコ姫路店を前身とし、1987年からファッションビルとして展開された姫路駅前の代表的な商業施設でしたが、建物の老朽化や駅周辺の商業環境の変化などを背景に、2016年1月31日をもって営業を終えています。
ここでは、営業状況、施設の成り立ち、EASTとWESTの違い、映画館の存在、閉館に至った事情、跡地に建てられたホテルとマンションまでを整理し、姫路の中心市街地で同施設が果たした役割を年代に沿って読み解きます。
姫路フォーラスとはどんな施設だったのか

姫路フォーラスは、兵庫県姫路市の姫路駅北側に存在したファッションビルで、衣料品だけでなく、雑貨、飲食、スポーツ用品、音楽、映画などを一か所で楽しめる街なかの商業拠点でした。
単独の大きな建物ではなく、おみぞ筋を挟んでEASTとWESTの二館が向かい合う構成だったため、買い物客が商店街と施設内を行き来し、周辺の店舗にも人の流れを生み出していた点が特徴です。
営業終了から年月が経った現在は、店名だけを見ても通常のショッピングセンターとの違いが分かりにくいため、まずは営業状況や立地、歴史、館内機能を順番に整理していきます。
現在は営業していない
最初に押さえておきたい結論は、姫路フォーラスが2016年1月31日に閉館しており、現在は店舗、映画館、駐車場、問い合わせ窓口を含めて営業していないことです。
検索結果には閉館前のショップ情報、過去のセール告知、住所、営業時間などが残っている場合がありますが、それらは営業当時の記録であり、現地へ行っても同じ名称の施設で買い物をすることはできません。
閉館後にはEASTとWESTの建物が解体され、跡地は再開発されたため、外観を見ながら昔のフロアを歩いたり、かつての出入り口から館内へ入ったりすることも不可能です。
一方で、所在地そのものがなくなったわけではなく、跡地にはホテルと分譲マンションが建ち、おみぞ筋も引き続き南北方向の通行路として使われているため、周辺を歩けば二館が向かい合っていた位置関係を確かめられます。
営業時間、テナント、イベント、映画の上映予定を探している場合は過去情報と理解し、現在の姫路駅前で買い物や映画鑑賞をしたい場合は、営業中の施設を改めて調べる必要があります。
姫路駅北側にあった
姫路フォーラスがあったのは、JR姫路駅や山陽姫路駅から徒歩で向かえる中心市街地で、姫路城へ続く大手前通りの東側に広がる商店街エリアでした。
駅から近いだけでなく、みゆき通りやおみぞ筋などのアーケード商店街とつながる位置にあったため、鉄道利用者、近隣住民、高校生、会社員、観光客など、目的の異なる人が立ち寄りやすい環境でした。
EASTの所在地として知られていた東駅前町100番周辺と、WESTが立っていた駅前町353番周辺は、おみぞ筋を挟んで接しており、両館を移動する際には一度商店街側へ出る構造でした。
現代の駅直結型施設と比べると、改札から建物内だけを通って移動できる立地ではありませんでしたが、商店街を歩く途中で店へ入り、買い物後に飲食店へ寄るという回遊を生みやすい場所だったといえます。
姫路駅北側を訪れた際は、現在のダイワロイネットホテル姫路と姫路ザ・レジデンスの間を通るおみぞ筋を基準にすると、かつて二つの館が向かい合っていた範囲を把握しやすくなります。
前身はジャスコ姫路店だった
姫路フォーラスの歴史を理解するうえで重要なのが、最初からフォーラスという名称で開業した施設ではなく、1971年6月に開店したジャスコ姫路店を前身としている点です。
まず西館が開業し、翌1972年には東館も加わったことで、商店街を挟んだ二館構成の基礎がつくられ、地域の日常的な買い物を支える総合的な大型店として親しまれました。
当時の総合スーパーは、衣料品、家庭用品、食料品、娯楽などをまとめて扱うことに大きな価値があり、郊外型の大型店が一般化する前の中心市街地では、家族で出かけられる目的地として強い存在感を持っていました。
姫路はイオングループの前身企業の一つであるフタギと関係の深い地域でもありますが、ジャスコ姫路店はジャスコ株式会社の発足後に開業した店舗であり、フタギの旧本店と同一の店舗ではありません。
懐かしい施設として語る際にジャスコ時代とフォーラス時代を混同しやすいものの、生活密着型の総合店から若者向けのファッションビルへ変化したことが、長い歴史の中で最も大きな転換点でした。
1987年にフォーラスへ転換した
ジャスコ姫路店の西館は1987年3月に姫路フォーラスWESTへ業態転換し、総合スーパーとは異なるファッションビルとして再出発しました。
フォーラスは、若者向けの衣料品、雑貨、音楽、飲食、娯楽などを集める都市型の専門店ビルであり、姫路の施設は同ブランドの初期を担った店舗の一つとして位置づけられています。
その後、1994年には東館も増床を伴って姫路フォーラスEASTへ転換され、WESTだけでなくEASTにも専門店が集まる本格的な二館体制が整いました。
業態転換によって、日用品を一通りそろえる場所という性格よりも、流行の服を探す、友人と遊ぶ、新しい音楽や文化に触れるといった体験を提供する場所としての役割が強くなりました。
現在の大型ショッピングモールでは複数の世代を対象にした店舗構成が一般的ですが、当時のフォーラスは若者文化を前面に出しており、百貨店や総合スーパーとは異なる選択肢を姫路駅前にもたらしたことが支持につながりました。
二館を行き来する構造だった
姫路フォーラスを特徴づけていたのが、EASTとWESTが一つの館内通路で完全につながるのではなく、おみぞ筋を挟んで向かい合っていた配置です。
来館者は目的のショップがどちらにあるかを確認し、必要に応じて商店街へ出て反対側の館へ移動したため、施設内で買い物が完結する郊外型モールとは異なる街歩きの感覚がありました。
- EASTは東駅前町側
- WESTは駅前町側
- 二館の間はおみぞ筋
- WEST上層階には映画館
- 周辺には商店街や飲食店
この配置は天候や移動の面では不便に感じる場合がある一方、施設と商店街の境界が開かれており、フォーラスを訪れた人が周辺の個人店や飲食店へ立ち寄るきっかけにもなっていました。
閉館後の再開発でも二つの敷地の間におみぞ筋が残されているため、現在の街並みからも、当時のEASTとWESTが商店街を両側から囲んでいた構造を読み取れます。
約110店が集まっていた
閉館時の姫路フォーラスには約110の店舗が入居していたとされ、ファッション専門店を中心に、雑貨、飲食、スポーツ用品、音楽関連、サービス、映画館など、幅広い目的に対応していました。
テナントは営業期間を通じて入れ替わっているため、ある時期に利用した人と別の年代に通った人では、思い浮かべるブランド、売り場、飲食店、館内の雰囲気が異なります。
| 分野 | 主な利用目的 |
|---|---|
| ファッション | 衣料品や服飾雑貨の購入 |
| 生活雑貨 | 小物やギフト探し |
| 音楽関連 | CDや関連商品の購入 |
| 飲食 | 買い物途中の食事や休憩 |
| スポーツ | 用品やウエアの購入 |
| 映画 | 作品鑑賞や待ち合わせ |
特定の商品を買うだけでなく、店内を回って流行を知り、友人と食事をしてから映画を見るような過ごし方ができたため、滞在時間の長い商業施設として利用されていました。
過去のテナント名を調べる際は、閉館直前のフロアガイドだけを見て全期間の店舗と判断せず、年代の記載がある広告、写真、レシート、地域記事などを照合することが大切です。
シネパレス山陽座が入っていた
WESTの7階にはシネパレス山陽座があり、買い物と映画鑑賞を同じ場所で楽しめることが姫路フォーラスの大きな魅力になっていました。
閉館時の資料では四つのスクリーンを備えた映画館として知られていますが、山陽座という名称の歴史はフォーラスより古く、1930年代から続く姫路の映画文化の系譜を受け継いでいました。
ジャスコ姫路店の西館が開業した1971年には館内で山陽座が営業を再開し、その後のスクリーン増設を経て、1980年代にシネパレス山陽座という形へ移行しています。
座席数や設備の規模では後年の大型シネマコンプレックスと異なるものの、街なかで映画を見た後に商店街を歩ける立地や、長く通い続けた観客との距離の近さには独自の価値がありました。
姫路フォーラスの閉館日と同じ2016年1月31日に営業を終えたため、商業施設だけでなく、世代を超えて親しまれてきた映画館との別れとして記憶している人も少なくありません。
姫路の若者文化を支えた
姫路フォーラスは商品を販売するだけの建物ではなく、姫路や播磨地域の若者が流行、音楽、映画、ファッションに触れられる文化的な接点として機能していました。
インターネット通販や動画配信が現在ほど普及していなかった時代には、実際に店へ出向き、商品を手に取り、店員の提案を受け、友人の服装を見ること自体が重要な情報収集の機会でした。
学校帰りに待ち合わせをする、休日に服を選ぶ、CDを探す、映画を見る、飲食店で話すといった複数の行動が一つの場所に集まり、個人の思い出と街の風景が結びつきやすかったことも特徴です。
地方都市では東京や大阪ほど専門店の選択肢が多くない時期もあり、全国的な流行を扱う店がまとまっていたフォーラスは、遠方へ出かけずに新しい文化へ触れられる貴重な場所でした。
閉館時に多くの利用者が集まり、シャッターが下りる様子を見守ったことは、売り場の消滅だけでなく、青春期の時間を過ごした共有空間がなくなることへの寂しさの表れだったと考えられます。
主要な出来事を年代で整理する
姫路フォーラスの歴史は、ジャスコ姫路店の開業、フォーラスへの業態転換、EASTの開業、閉館という順序で整理すると理解しやすくなります。
特に、1971年から全館がフォーラスだったわけではなく、西館が先に転換され、東館が後からEASTになった点を押さえると、資料ごとに開業年が異なって見える理由も分かります。
| 時期 | 主な出来事 |
|---|---|
| 1971年6月 | ジャスコ姫路店西館が開業 |
| 1972年11月 | ジャスコ姫路店東館が開業 |
| 1987年3月 | 西館がフォーラスWESTへ転換 |
| 1994年3月 | 東館がフォーラスEASTへ転換 |
| 2016年1月31日 | EASTとWESTが閉館 |
| 2016年 | 旧建物の解体が進行 |
| 2018年 | 跡地のホテルとマンションが完成 |
ジャスコ時代から数えると約45年にわたって同じ一帯で商業施設が営業しており、その間に消費者の生活、ファッション、映画の見方、駅周辺の建物は大きく変化しました。
思い出を調べる場合は、自分が訪れていた年を先に絞り、その時期がジャスコ時代、WESTのみの時代、EASTを含む二館体制の時代のどこに当たるかを確認すると、当時の情報を探しやすくなります。
閉館に至った背景を読み解く

姫路フォーラスが閉館した理由は、単純に来店客がいなくなったからではなく、建物の老朽化、耐震面への対応、売上高の低下、競合施設の増加、拡張の難しさなどが重なった結果と考える必要があります。
閉館発表時には黒字運営と伝えた報道もあり、直ちに営業を続けられないほど経営が破綻していたというより、将来必要になる投資と市場環境を総合的に判断したうえでの撤退だったことがうかがえます。
ここからは、建物、競争環境、消費行動の三つの側面に分け、長年親しまれた施設がなぜ営業終了を選んだのかを整理します。
老朽化への対応が難しかった
姫路フォーラスの前身となる建物は1970年代初頭に開業しており、閉館時には建設から40年以上が経過していたため、設備の更新や建物の維持に継続的な負担が生じていました。
古い商業ビルを営業しながら改修する場合、売り場の休止、工事動線の確保、空調や配管の更新、耐震性能への対応などが必要になり、単に内装を新しくするだけでは済みません。
| 課題 | 営業への影響 |
|---|---|
| 建物の老朽化 | 修繕費や維持費が増える |
| 耐震面の対応 | 大規模な工事が必要になる |
| 設備の旧式化 | 快適性や省エネ性で不利になる |
| 二館構成 | 一体的な改装を進めにくい |
| 敷地の制約 | 売り場を大幅に広げにくい |
EASTとWESTが商店街を挟んで別棟になっていたことは街との回遊性を生む一方、現代的な大型商業施設へ一体的に建て替えたり、広い共用空間を追加したりする際には制約になりました。
長く使われた建物であること自体が閉館の唯一の原因ではありませんが、多額の改修費をかけても競争力を十分に高められるかという判断が難しくなったことは、大きな背景の一つです。
駅前の競争環境が変化した
姫路フォーラスの営業後期には姫路駅周辺の再整備が進み、駅に近く新しい設備を備えた商業施設が増えたことで、買い物客や映画客の選択肢が大きく広がりました。
2013年には駅ビルを中心としたピオレ姫路が開業し、2015年には大型シネマコンプレックスを備えたテラッソ姫路が開業したため、ファッションと映画の両方で競争が強まりました。
- 駅改札からの近さ
- 新しい建物の快適性
- 大型シネマのスクリーン数
- 飲食店や専門店の充実
- 駐車場や移動経路の分かりやすさ
- 複数施設を回れる駅前動線
利用者にとって選択肢が増えることは便利ですが、既存施設側は同じ商品や作品を扱うだけでは選ばれにくくなり、建物の新しさ、アクセス、店舗構成、イベントなどを含めた総合的な魅力が求められます。
姫路フォーラスは駅から徒歩圏内にあったものの、改札により近い新施設と比べると立地上の優位性が相対的に弱まり、設備の古さも目立ちやすくなったと考えられます。
売上低下と拡張の限界が重なった
閉館発表時の報道では、売上高が2000年度のピーク時と比べておよそ半分まで低下していたとされ、営業を継続するだけでなく、将来に向けて投資を回収できるかが課題になっていました。
ファッションビルは衣料品の流行や若年人口の変化に影響を受けやすく、郊外型ショッピングモール、駅ビル、インターネット通販、低価格ブランドなどの成長によって、消費者の買い方も分散していきました。
さらに、既存の敷地と建物には拡張の余地が限られていたため、競合施設に対抗して売り場面積を大きく増やす、映画館を大型化する、広い飲食ゾーンを設けるといった抜本的な更新が難しい状況でした。
黒字であっても、建物の改修費が増え、売上がピークから低下し、新施設との競争が続くならば、数年後も安定して利益を確保できるとは限りません。
閉館は利用者の支持が完全になくなった結果ではなく、思い入れのある顧客が残る中でも、施設の物理的な限界と商業環境の変化を踏まえて下された長期的な経営判断と捉えるのが適切です。
跡地は現在どうなっているのか

姫路フォーラスの閉館後、EASTとWESTの建物は残して再利用されたのではなく、解体されたうえで、それぞれ異なる用途の建物へ建て替えられました。
旧WEST側にはダイワロイネットホテル姫路、旧EAST側には姫路ザ・レジデンスが建設され、商業施設が向かい合っていた場所は、宿泊と都心居住を担う街区へ変化しています。
二つの建物の間にはおみぞ筋が残っているため、用途と外観は変わっても、通りを中心とした基本的な位置関係には姫路フォーラス時代の名残があります。
WEST跡にはホテルが建った
旧WEST側の跡地にはダイワロイネットホテル姫路が建設され、2018年10月17日に開業しました。
建物は地上13階建てで、開業時の報道では218室を備え、JR姫路駅や山陽姫路駅から徒歩でアクセスできる宿泊施設として、観光客とビジネス客の双方を受け入れています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 現在の施設 | ダイワロイネットホテル姫路 |
| 旧施設 | 姫路フォーラスWEST |
| 開業 | 2018年10月17日 |
| 規模 | 地上13階 |
| 客室 | 218室で開業 |
| 立地 | 姫路駅と姫路城の徒歩圏 |
ホテルの所在地である駅前町353番は、かつてWESTやシネパレス山陽座があった場所と重なり、昔を知る人にとっては映画や買い物の目的地が宿泊拠点へ変わったことを実感しやすい場所です。
ホテルは現在営業している施設であるため、宿泊料金、客室、飲食店、駐車場、利用条件を確認する場合は、過去のフォーラス情報ではなくダイワロイネットホテル姫路の公式案内を参照する必要があります。
EAST跡にはマンションが完成した
旧EAST側には地上15階建ての分譲マンションである姫路ザ・レジデンスが建設され、2018年に完成しました。
計画時の資料では128戸の共同住宅として整備されており、多くの人が買い物に訪れる商業施設の敷地が、駅近くで日常生活を送る居住空間へ転換されたことになります。
姫路駅、商店街、飲食店、姫路城方面へ徒歩で移動しやすい場所であるため、住宅地として見ても交通と生活利便性を確保しやすい立地です。
ただし、マンションは居住者の生活の場であり、かつてフォーラスを利用していた人が建物内部を自由に見学できる施設ではありません。
跡地を訪れて記憶をたどる場合は、公道や商店街から周囲を確認する範囲にとどめ、エントランス、駐車場、敷地内通路などの私有部分へ無断で入らないことが重要です。
おみぞ筋は今も街をつないでいる
再開発後も、旧EASTと旧WESTの間を通っていたおみぞ筋は残され、ホテルとマンションの間を南北に抜ける商店街として利用されています。
姫路フォーラス時代には二館を移動する来館者が通りへ出ることで人通りが生まれていましたが、現在は宿泊者、居住者、通勤客、買い物客など、異なる目的の人が行き交う空間へ変わりました。
- 西側にホテル
- 東側にマンション
- 中央におみぞ筋
- 南側に姫路駅方面
- 北側に商店街や姫路城方面
再開発に合わせて周辺のアーケードや通行環境も更新され、古い商業ビルの間を抜ける通りから、新しい建物に挟まれた街路へ印象が変わっています。
施設そのものは消えても、通りの方向と二つの敷地が分かれている構造は残っているため、当時の写真を用意して同じ方向から見比べると、変わった部分と受け継がれた部分の両方を確認できます。
当時の記憶を調べる方法

姫路フォーラスの建物や公式サイトはすでに役割を終えているため、当時のテナント、イベント、売り場、外観を調べるには、年代の異なる複数の資料を組み合わせる必要があります。
特に、約45年の営業期間にはジャスコ時代、WEST中心の時代、EASTを含む二館体制、閉館直前という複数の段階があり、一つのフロアガイドだけで全期間を説明することはできません。
ここでは、写真や新聞記事の見方、店舗名を探す際の注意点、現地を歩くときのポイントを紹介します。
写真は撮影時期を確認する
外観写真や館内写真を探す場合は、画像だけを見るのではなく、撮影年、掲載日、看板、周辺建物などから時期を確認することが大切です。
姫路フォーラスはEASTとWESTで看板のデザインが異なる時期があり、改装やロゴ変更、テナントの入れ替えも行われたため、自分の記憶と違う写真が誤りとは限りません。
| 確認箇所 | 分かること |
|---|---|
| 撮影年 | ジャスコ期かフォーラス期か |
| 館名表示 | EASTかWESTか |
| テナント看板 | 入居店舗と営業年代 |
| 周辺建物 | 撮影位置と街並みの変化 |
| 閉店告知 | 閉館直前の写真かどうか |
個人が公開している写真は当時の雰囲気を知る貴重な手がかりですが、日付や店舗名が記憶に基づいて記載されている場合もあるため、報道記事や広告などと照らし合わせると確度が高まります。
画像を自分のサイトや動画へ転載する際は、インターネット上で閲覧できることと自由に再利用できることは別であるため、著作権者の許可や利用条件を必ず確認しましょう。
店舗名は年代を付けて探す
思い出の店を調べたい場合は、施設名とブランド名だけでなく、利用していた年、EASTまたはWEST、階数、商品分野などを検索語へ加えると情報を絞りやすくなります。
営業期間が長かったため、同じ区画に複数の店舗が順番に入っていた可能性があり、閉館時の約110店と過去の全テナントを同じ一覧として扱うことはできません。
- 施設名と西暦
- EASTまたはWEST
- ブランド名や業種
- 利用していた階
- セールやイベント名
- レシートに残る会社名
家に残っている買い物袋、ポイントカード、レシート、映画の半券、チラシ、プリント写真には、正確な店名や日付を特定できる情報が含まれていることがあります。
SNS上の思い出は具体的な体験を知るのに役立ちますが、店舗の営業年や場所が別施設と混同される場合もあるため、事実確認が必要な記事では一次資料や当時の報道を優先しましょう。
現地では位置関係を確かめる
現在の跡地を歩く際は、旧WEST側のダイワロイネットホテル姫路、旧EAST側の姫路ザ・レジデンス、その間のおみぞ筋を三つの基準にすると、当時の配置を理解しやすくなります。
姫路駅側から北へ歩くと、左右に新しい建物が立つ場所へ到達するため、古い写真の道路幅、アーケード、交差点、商店の並びと見比べてみましょう。
建物の用途と高さが変わっているので、昔と同じ角度から眺めても印象は大きく異なりますが、通りの向きや周辺道路を手がかりにすると、入口や映画館があった側をおおよそ把握できます。
現地確認の際に持っていくと役立つものは、撮影年が分かる外観写真、当時のフロアガイド、現在の地図、家族や友人から聞いた具体的な待ち合わせ場所です。
歩道をふさいで撮影したり、マンションの敷地へ入ったり、ホテル利用者の顔を無断で撮影したりせず、現在その場所を利用している人の生活とプライバシーを尊重することが欠かせません。
姫路の街に残した価値を振り返る
姫路フォーラスは現在営業しておらず、旧建物も残っていませんが、1971年のジャスコ姫路店開業から2016年の閉館まで、約45年にわたって姫路駅前の買い物、娯楽、待ち合わせを支えました。
1987年にWESTがフォーラスへ転換し、1994年にEASTが加わってからは、若者向けのファッションや音楽、映画に触れられる場所として存在感を高め、百貨店や総合スーパーとは異なる都市型商業施設の役割を担いました。
閉館には建物の老朽化、耐震面への対応、売上高の低下、拡張の難しさ、ピオレ姫路やテラッソ姫路をはじめとする新施設との競争など、複数の事情が重なっており、一つの理由だけで説明することはできません。
跡地の西側にはダイワロイネットホテル姫路、東側には姫路ザ・レジデンスが建ち、商業中心の場所から宿泊と居住を担う街区へ変化しましたが、二つの敷地の間を通るおみぞ筋は今も街の動線として残っています。
当時を知らない人にとっては姫路駅前の歴史を理解する手がかりとなり、利用していた人にとっては映画、服、音楽、友人との時間を思い出す場所であることが、建物の消滅後も姫路フォーラスという名前が検索され続ける理由です。



